八田郁子 個展
「いつもの所で」

HATTA Ikuko solo exhibition
at the usual place

2015年5月26日(火)から31日(日) 
12:00から19:00 (最終日17:00まで)








KUNST ARZT では、八田郁子の二回目の個展を開催します。
八田郁子は、生活に必要な「体の動き」と「モノ」に着目し、
ベタな生活をアートに変換するアーティストです。
どこにでも転がっているようなダンボールを
ひたすら積み上げ(片面は凸凹のない、面合わせ)て空間を仕切る
“wall”の連作はシンプルながら、鑑賞者に驚きを与えました。
本展では、昨年の個展のサブルームで発表した、
本があるルールの元に並べられている作品の発展バージョンが
メインルームに展開する構想です。
ご注目頂ければ幸いです。(KUNST ARZT 岡本光博)





Loop (マッチバージョン)

クッキングトイ、他
2015





人権厚生部通信ひかり7月号」

紙にプリント、ペン
2014





wall

ダンボール
2014



bookstart,bookend

2014
あるルール設定で並べられた本、本立




surface パターンカウロック    

surface パターンビスコ    

surface パターンカネダイン  
ジェッソ、商品箱
2014



以上、個展 between Art and Life (2014年3月4日から9日) より












escape


段ボール
2013

「逃げること」がテーマに制作。
「逃げる」と言うとマイナスに捉えられがちだが、
逃げるという行為には自由を求めるという意思があると思う。
情報に溢れる世の中から逃れ、自分の身を守ること。
逃げた先には何があるのか。「逃げること」を肯定的に捉え、考える。






アーティストステートメント

「住むこと」「暮らすこと」「日常の生活」に興味がある。
生きるために活動していると、必ず身の回りに「もの」が集まってくる。
生活をする上で必要なもの、あれば便利なもの、
必要ないがなぜか集まってくるもの。
そのほとんど無意識の状態で生活に招き入れている「もの」。
また、生きるために必要な「動き」にも興味を引かれる。
〈歩く〉〈座る〉〈押す〉など、
日常の生活で何らかの目的のために発生する「動き」。
この、「もの」や「動き」を含めた「生活」についての興味が、
わたしの作品制作へ繋がっている。






所在 / Whereabouts


ミクストメディア
2013

 一所に留まりたくない、でも居場所も欲しい。
そのような矛盾をわたしなりに表現すると、見覚えのあるものになりました。



経歴

1991 大阪府大阪市生まれ
2014 成安造形大学芸術学部芸術学科 現代アートコース卒業

展覧会
2011 第六回湖族の郷アートプロジェクト(大津市堅田)
2012 グループ展「ゆとり主義」(Gallery1963/Gallery Cube)
2013 日吉大社芸術祭(日吉大社)
2013 日韓交流展「add me!」(海岸通ギャラリーCASO)
2013 余呉まるごと里山芸術村2013(旧余呉小学校)
2013 主張てん(GALLERY ARTISLONG)
2014 日韓交流展「add me! carry more」(KEPCO ART CENTER)
2014 八田郁子展「between Art and Life」(KUNST ARZT)

Hatta Ikuko
1991 Born in Osaka,Japan
2014 Seian University of Art and Design

Exhibition
2011 Kozokunoshato Art Project
2012 “Yutori Shugi” Gallery1963/Gallery Cube
2013 Hiyoshi Taisha Shrine Art Festival
2013 “add me!” Japan‐Korea young artists Exchange Exhibition Gallery CASO
2013 Yogo Marugoto Shatoyama Geijutsu Mura
2013 “Shucho Ten” GALLERY ARTISLONG
2014 “add me! carry more” Japan‐Korea young artists Exchange Exhibition
KEPCO ART CENTER
2014 HATTA Ikuko solo exhibition “between Art and Life” KUNST ARZT






わたしとゆとりと逃げ道と / An escape and Yutori and I


教科書、ミクストメディア
2012

「ゆとり」という言葉にあまり良いイメージは抱かないだろう。
しかし、実際わたしたちは「ゆとり」に守られているのではないだろうか。
わたしがした失敗でも、大人たちは「ゆとり」を責める。
わたしは無意識のうちに居心地の良い場所として「ゆとり」を利用しているのだ。
そろそろ「ゆとり」という巣から巣立つ方法を考えよう。








妹尾夢子さんによるレビュー (2014 03)


ギャラリーの扉を開けてすぐ目に飛び込んできたのは
天井まで積み上げられた大きさのまばらなダンボールと小さな通路が一つ。
奥の空間から見た時の片面のみ揃えられたダンボールの壁は
まるで何かを拒絶しているようだ。
通路を抜けた空間にはいくつかの小箱の集合体が白く塗装され、
傾いて展示された絵画の様な小作品が三点。
その他は[あるルール設定で並べられた本、本立]と題された作品が一点。
2014年3月4日から9日までkunst arztで開催された八田郁子個展。
八田は生活の中で無意識に招き入れている「もの」や、
何らかの目的の為の「動き」に焦点を当てて制作しているそうだ。
「ゆとり」という言葉も多々見られた。ゆとりとは、ゆとり教育を受けた世代を差しており、
社会では誤った教育方針の産物として扱われる事もしばしばある。
八田もゆとり世代の1人であり、作品にもそのニュアンスを感じる。
ものだけでなく出来事さえもひたすら大量に消費されていく社会の中で、
空箱は無意識に招き入れられた「もの」であると言える。
それを積み上げる行為と作り上げられる空間は消費社会の空虚さの蓄積と、
ゆとり世代と括られた若者の所在の無さからの逃げ場の様に感じられた。
そんな隠喩と同時に、態勢を低くしなければ抜けられない通路はまふで
大人の目を盗んで作られる子どもの秘密基地の様でユーモラスがある。
さらに小作品は「情報」である本と水平垂直を保って鑑賞する為に
首を傾げる行為「疑問」に繋がるなど、
社会への興味と欺瞞を示すのではないだろうか。
そんな未成熟な要素を保ちつつ社会との関係性を顕在化する八田は
ゆとり世代の代弁者と言えるだろう。
八田の作品から私たちは今一度、
自身の所在のありかを考え直してみるのもいいかもしれない。













Loop (マカロニバージョン)
クッキングトイ、他
2015
\ 30,000

Loop (マッチバージョン)
クッキングトイ、他
2015
\ 30,000

surface
パターンカウロック    
ジェッソ、商品箱
204×274×160 mm
2014
¥5.000

surface
パターンビスコ    
ジェッソ、商品箱
194×293×200 mm
2014
¥5.000

surface
パターンカネダイン  
ジェッソ、商品箱
170×288×124 mm
2014
¥5.000